公団住宅の歴史〜住宅都市整備公団のあゆみ:公団住宅〜公団住宅は魅力がいっぱい!

[参考]県営住宅

公団住宅の歴史〜住宅都市整備公団のあゆみ

2007年09月20日


公団住宅の歴史の中には、住宅都市整備公団の存在があります。住宅都市整備公団とは、過去に存在した特殊法人で、1981年に10月1日に設立されました。住宅・都市整備公団法が成立し、都市地域の居住環境が良好な公団住宅や宅地の大規模な供給、市街地開発事業を目的としてです。同時に日本住宅公団ならびに宅地開発公団の業務を承継しました。しかし1999年10月1日に解散しました。業務は都市基盤整備公団に承継されました。

少し住宅都市整備公団の業務を説明します。
まずは住宅・都市整備事業です。これは大都市地域において、公団住宅・宅地の安定供給と都市整備とを一体的に実施しました。
次に鉄道・軌道事業です。これは具体的に成果をあげると、千葉ニュータウンです。地方鉄道業を行なうことも業務の範囲とされていたので、千葉ニュータウン線を開業させました。

住宅事情を改善するために設立されたのにもかかわらず、バブル崩壊後は、分譲価格や家賃を高値で維持したために、公団住宅の平均価格が民間の平均価格を上回る状況となってしまいました。そして結局多数の売れ残り分譲物件を大幅に値下げすることになり、住宅都市整備公団の財政事情は一気に悪化してしまったのです。分譲事業も賃貸事業も不振になってしまったために事業見直しの必要に迫られました。それから改革も進められましたが、結局法律改正による廃止が決定し、新法人である都市基盤整備公団に引き継がれたのです。

さてさて、住宅都市整備公団のあゆみはこれで終わりですが、引き継がれた都市基盤整備公団はその後どうなったのでしょう?結局2004年に地域振興整備公団地方都市開発整備部門と統合されて、独立行政法人「都市再生機構」になりました。

公団住宅は、実はその組織自体はいろいろ変わっているのです。時代の流れがあるとはいえ、新法人の設立のときに業務内容の見直し、組織変えがどこまで行なわれたのか疑問も感じたりします。実態は何も変わらなくて、器をうつしただけだったから、結局組織変えが何度も行なわれる羽目になったのかも?